ずいぶん放置してしまいました。
親父が入院したというのでお見舞いに行ってきました。
顔のあちこちに切り傷をこさえながら髭を剃り落とし、メガネを外し、少しやつれた親父はなんだか別人みたいでした。
あの人が病気したり入院したりなんて、なんだか全く想像できないような、常に妙な多幸感にあふれた人だったけど、やっぱり一人の人間として老いていくんだなと思いました。
全快することを祈ってます。
お見舞いの帰り、逗子の海岸ですごい夕焼けを見ました。少し霞んだ江ノ島の上空に薄く広がる雲の、その細かな凹凸ひとつひとつが、少し藍色がかったグレーと輝く茜色のコントラストを作っていました。
何かを得ることは、何かを失うことを内包しています。例えばAという会社に就職することはBという会社に就職しないということです。Aという女性と結婚することは、Bという女性と結婚しないことです。生きることが取捨選択の連続だとしたら、それは捨てる(失う)ことの連続であるともいえます。
でも、失ったものを思うことは決して後ろ向きではなくて、それら数々の失ったものの上に立脚している今の自分を面白く思うということなのだろうな、と思うのです。
横須賀に帰ってきてから久しぶりにガソリンスタンドで洗車をして、代わりに洗車チケットを1500円分ほど失いました。